ジョブ型人事制度 報酬制度の3つの特性とベンチマークポリシーの重要性

ジョブ型人事制度における報酬の基本的な考え方
ジョブ型人事制度は、会社に必要なポジション(職務)とポジションの価値を明確にし、ポジションに合う人を配置、採用、時にはマッチするように成長支援し、ポジションの価値に応じて報酬を支払うことで事業・経営戦略の実現に人員的側面・人件費的側面から貢献する趣旨を持った制度です。
よって、基本的にポジション(職責・仕事内容・スキル)に応じて報酬が設定されており、人の保有している能力や勤続年数などには報酬を設定しません。
だからこそ、経営・組織戦略上必要な仕事と仕事の価値にあった報酬、つまり会社にとって合理的に必要といえる報酬(人件費)を支払うことができる制度上のメリットがあります。
(勤続や年齢で報酬が増えない、高いスキルに応じて高い報酬をはらっているのに、見合ったポジションにいないといった事象が発生しづらい)
このように、ジョブ型人事制度においてはあくまでもポジションの価値に対して報酬を支払うという制度趣旨に沿った考え方がある一方で、
・会社が定めたポジションについたらその後に昇給はしないのか?
・ポジションごとに報酬額が変わるのか?
・その報酬額はどのように決められるのか?
など、実際の運用を想定した際にいつくか疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。
これらを踏まえ、次にジョブ型人事制度における報酬の特性について触れていきたいと思います。
※ジョブ型人事制度に概要やメリット・デメリットついては、よろしければ前回記事をご参照ください。
https://chro-cantera.jp/4352/
ジョブ型人事制度における報酬の特性
特性は、下記の3つです。
1.市場報酬水準に応じて報酬設定される
2.ジョブレベル(縦)、職種(横)の区分で報酬設定される
3.個人の能力や成果によって昇給も存在する
一つひとつ見ていきます。
1.市場報酬水準に応じて報酬設定される
ジョブ型においては、労働市場においてそのポジション(例えば人事報酬マネージャー、経理連結決算チームリーダーなど)に支払われている報酬額を参考に設定することが一般的です。
これは、ジョブ型が主流の米国においては顕著で、グローバル展開の企業では毎年もしくは数年単位で市場報酬水準を基に報酬額を見直しています。
なぜ、市場報酬水準を参照するのか?というと、採用競争力とリテンション(あくまでも報酬面)の観点です。
考え方は非常にシンプルで、対象ポジションが市場相場より低いと人が集まらない、もしくは退職してしまいますし、逆に高すぎても過剰投資となります。
よって、需給メカニズムに応じた報酬額の設定が重要になります。
ただ、一部シンプルとは言えない点として、対象ポジションにほしい人材のスキルレベル・経験によって、参照する市場報酬水準が変わる。という点です。この点は次項の報酬ポリシーの設定にてご説明します。
2.ジョブレベル※1(縦)、職種※2(横)の区分で報酬設定される
ここまで報酬はポジションに応じて設定されるとお話してきましたが、ポジションのイメージは縦軸にジョブレベル、横軸に職種を置き、クロスした点となります。
例えば、職種として人事があり、ジョブレベルが10段階あるとします。
そのうち、ジョブレベル5に人事マネージャーというポジションがあるとすると、その職種におけるレベル5のポジションに対して市場報酬水準があり報酬設定されるというイメージです。
また、人事マネージャーよりレベルの高いレベル6の人事ディレクターというポジションがある場合も、人事職レベル6ポジションの市場報酬水準を参照し設定するということになります。
ここではわかりやすいようにポジションの価値をジョブレベルで表現していますが役職で分類するケースもあります。
補足ですが、会社によっては、同ジョブレベルで共通の報酬を設定する場合も多いです。
例えば、ジョブレベル6であれば、人事マネージャーも財務リーダーも同じレベル6だから報酬も同じというイメージです。
これは社内公平性の観点から制度上のモチベーション低下要因を作らない、幹部候補や公募制などの職種をまたいだローテーションによる報酬変動への対応などが背景として挙げられます。
※1ジョブレベルとは、会社に必要なポジションをその価値に応じて序列化したものになります。表し方や段階数は各社によって違いますが、ジョブグレードやジョブサイズといった表現をし、5段階~15段階程度で設定されているケース多いです。
※2職種とはご存じの通り、営業・製造・研究開発・経営企画・経理・財務・法務・総務・広報・人事など業務の専門領域というイメージです。実際には、このレベルの職種分類から細分化され、活用するケースが多いです。
3.個人の能力や成果によって昇給も存在する
定義されたポジションに報酬額が設定されるという観点から、固定額の設定を想像されるかもしれませんが、報酬レンジ(幅)を設定するケースの方が一般的です。
固定的なケースの方がポジション=報酬額という点から分かりよさはありますが、採用ターゲットの現年収を考慮した報酬設定がしづらい、入社後の昇給がないためモチベーションが維持しづらいという側面があるため、報酬レンジを設けて柔軟性を持った運用が行われています。
よって、報酬額はポジションによって固定的に定められるわけではなく、ポジションに応じた報酬レンジの内、自身の成果や必要なスキルの成長・発揮などの人的要素により、報酬レンジの範囲内で昇給・降給が行われ、報酬額が変動していくことになります。
設定プロセスとベンチマークポリシーの重要性
設定プロセスは大枠として下記になります。
(状況に応じて前後する可能性あり。本稿において概要説明は省略。)
1.ベンチマークポリシーの設定
2.水準参照データの選定(報酬サーベイの選定)
3.月例給(ベースサラリー)or年間報酬の設定
4.賞与割合の設定(会社業績・個人評価、固定・業績の適用区分など)
5.基本給・手当の設定
6.昇給ルールの設定(評価昇給、昇降格昇給の支給率など)
7.賞与ルールの設定(評価別支給率)
8.原資管理ルールの設定
9.報酬プロセス(評価・昇降格とまとめて設定)
これらのプロセスにおいて特に重要となるのは、1.のベンチマークポリシーの設定です。
市場報酬水準は、様々な会社の個別の報酬額に基づき一定条件にて導き出された報酬額を指します。
非常にわかりやすい例として、人事マネージャーのポジションに対する世の中全体の報酬平均額という考え方があります。
たしかにこれも市場報酬水準ですが、この報酬額でターゲットの人材を問題なく採用できるかは少し懸念があると思います。
理由はシンプルで、ターゲット人材が上記平均額より高い報酬を得ている(高い報酬を支払っている会社に属している)場合、現報酬との差が発生し、他の要因でカバーしきれないケースが存在するためです。
上述の「市場報酬水準に応じて報酬設定される」においても少し触れましたが、対象ポジションにほしい人材のスキルレベル・経験に応じた市場報酬水準を参照する必要があるというのはこのためです。
そこで、上記の事象を低減し、適切な市場報酬水準を参照するために必要なのがベンチマークポリシーです。
ベンチマークポリシーとは、適切な市場報酬水準を導き出すための抽出条件のことです。ベンチマークポリシーは、大きく下記3つのカテゴリーで設定していきます。
A:マーケット=対象とする人材市場をどのように定義するか?
・国、都市 (海外人材も採用するなら、外国の市場も参照します)
・産業、業界(自社が属する業界)
・企業規模(従業員数、売上高などの経営指標、海外展開有無、海外展開範囲など)
マーケットにおいては、同輩企業という考え方もあります。任意の企業を複数設定し他の条件に合致した数値を参照するという考え方です。
B:ポジションの定義=どういったポジションと比較するか?
・ジョブ(職種)
・ジョブサイズ(ポジションの価値の大きさ)
・役位(課長、部長などの役職)
C:ポジショニング
・統計値の位置づけ(上位25%、中央値、平均値、下位25%)
ベンチマークポリシーの例としては下記のようなものがあります。
(実際にA、Bはもう少し条件を詳細化、別角度での比較を行います。)
A:日本・サービス業・従業員数100人~1000人
B:役位別(課長)
C:上位25%、中央値をそれぞれ参照
この条件では、日本のサービス業の中堅・中小規模の企業に採用ターゲットが存在することが見込まれ、役位別の報酬額における上位25%と中央値を用いて自社の報酬を検討するという考え方です。
ここまでベンチマークポリシーについて触れてきましたが、必ずしも設定した通りに情報が得られるわけではないという点に注意が必要です。
実際は、選ぶデータベースによって取得できる情報が変わってくるため、最後に市場報酬水準のデータベースについて触れておきたいと思います。
市場報酬水準を取得するデータベース
データベースは大きく4つあるという認識です。
1.コンサルティングファームが提供する従業員報酬サーベイ
2.行政機関の調査結果
・賃金構造基本統計調査(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou_a.html)など
3.民間の調査結果
・労政時報などの調査レポート
4.中途採用のエージェントへのヒアリング
ジョブ型人事制度に沿って、ポジションに対する報酬水準を得る場合、個人的には1.が適していると考えます。
「2.〜4.」においては、ジョブレベル別の報酬水準データを持ち合わせていない為です。
一方1.の場合は、各コンサルティングファームごとにもつ共通のジョブレベル定義に調査に参画する各社のポジションがあてはめられるため、ジョブレベル別の報酬水準が参照可能です。加えて業界や細かな職種単位、基本給・基本給+手当・賞与額・年収などの区分により詳細な情報比較も可能です。
(参加企業として、大企業の親会社・グローバル展開の外資系日本法人が多く、ベンチャーや中堅中小企業は少ない)
確かに、詳細に水準を比較することは重要であり、ターゲット人材を見据えた採用競争力の担保にもつながると思います。
ただ、自社の事業環境・業績や組織の規模・成長ステージに応じて必要性はまちまちだと思います。
例えば4.を使って、同輩企業として5社程度のベンチマーク企業を定めて、対象職種と役職の求人上の報酬額平均レンジを参照することも効果的な手法だと思います。
よって、環境に応じて適した手法がある前提で、一つの考え方やバリエーションとして、検討の一助になれば幸いです。
まとめ
本稿で紹介してきたことは、様々ある人事制度の内、1つの側面にしかすぎません。
人事制度の選択は、現状制度の修正観点が出発点となり、最後まで修正を前提とした理想形を追い求めるというケースも少なくないと感じます。
もちろん人事制度の修正・改定自体は社員にとってよい影響があると思いますが、本来は、将来の事業環境に応じた組織・人材のあるべき姿に向けて、人事制度というツールをどのように使うかを考えた方がよいのではと個人的には思っています。
人事制度は振り子のような性質があると、CANTERA ACADEMY(CHRO養成講座)の中でも取り上げられたことがありました。
一定の基準をもって、従業員の考え方や行動を促そうとするとどうしてもハマらない部分が発生し、個別対応で間に合わない場合、制度を見直すことになる。そして、時間と共に事業環境や組織環境が変わり、新たな課題が発生します。
振り子を振れば反対側が発生し、振り幅が大きければ響く度合いも高い分、反対側も大きくなります。
どのような制度であっても、環境変化に応じて課題が発生し、それらをいかに進化させていくかが人事の役割の一つではないかと思います。
上記をはじめとする、各制度の課題や対応についても引き続きご紹介していきたいと思います。
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