採用広報ではありのままを伝えよう。入社前後のギャップを生んでしまった新卒採用から学んだこと
新卒採用で優秀な学生を採用できたにもかかわらず、結果として入社後にギャップが生じ、退職者が続出したという経験をお持ちの人事は少なくないかもしれません。
今回は、私自身がグローバル志向の強い学生に特化した採用活動をした結果、入社前後のギャップが若手のモチベーション低下や離職増加の要因の一つを生んでしまったという経緯と改善策、そこから学んだことについて紹介します。
ゆくゆくギャップを生むことになった、募集要項や会社説明会での“ある表現”
現在の会社に入社して5年、人事部で給与計算を担当していた私は、前任者の退職を機に新卒採用を担当することになりました。任された仕事は次年度入社の新卒採用。「将来のグローバル人材の採用」をテーマに掲げていました。
その頃、当社では事業のグローバル展開に注力し始めており、採用チームでも語学力に自信があってグローバルに活躍したいという志向の学生を採用しようという方針を取っていたのです。採用ホームページの募集要項には応募条件としてTOEIC〇〇点以上と記載し、会社説明会でも「若いうちからグローバルに活躍したい方にはチャンスがあります」と話していました。
採用担当としては新米の私でしたが、もともと給与計算担当なので社員情報は熟知していました。当時、当社の海外赴任者は40代以上、グローバル拠点の立ち上げ経験があるのは50代以上の社員・役員のみで、就活生がイメージする「若いうちから海外で活躍している」という人材は皆無。「学生にそんな期待を持たせて大丈夫だろうか」と一抹の不安を覚えていました。
採用プロセスを見直すきっかけになった、相次いだ若手の退職
グローバル強化採用を3年ほど続けた頃に、ついに問題が顕在化してきました。期待を持って入社したグローバル志向の強い若手社員たちの間で、入社前後のギャップに不満を募らせる声が徐々に出てきたのです。
グローバル志向が強いのにローカルの営業部門へ配属され、得意の語学力を活かす機会もなく働くことになった彼らからは、「就活で聞いていた話と違う。いつになったら海外と関わる仕事がさせてもらえるのか。何をモチベーションにすれば良いか分からない」という声が挙がるようになっていました。
その結果、「他社でグローバルな仕事をする」という理由で、入社3年目以降の若手社員の退職が相次いだのです。もともと地頭の良さやバイタリティがあり、大きな力を発揮する素養のあるタイプから順に抜けていく現実に、現場も人事も頭を悩ませました。
なぜ入社前後でこのようなギャップが生じるのか考えるうちに、入社前の採用プロセスでの説明に課題があるのではと気づいたのです。
今振り返ると、会社説明会で「やる気があれば若手にもチャンスがある」と話したことによって、結果的に「入社したら20代のうちから海外で活躍できるに違いない。そういう先輩社員がたくさんいる企業なのだろう」と就活生たちに思わせてしまっていたのだと思います。学生にとっては、グローバル拠点の所在や応募条件のTOEICスコア等も、その裏付けとなる情報としては十分だったのでしょう。
しかし、日系メーカーのグローバル展開となれば、身ひとつで現地に乗り込み、ゼロから事務所を立ち上げ現地の人材を採用し、現地のコネクションや販売チャネルを開拓して拠点を作り広げていくというところから始まるわけです。事業を軌道に乗せる道筋を作り、継続していけるよう見込みを立てなくてはなりません。そういった仕事は、社会人歴が浅くまだ育成途中の20代にはなかなか任せられないのが現実です。
つまり、現状を一切説明していなかったことが、入社後のギャップを生む要因になっていたのです。結果として、会社にとって大きな損失となる採用活動をしてしまいました。
入社前の説明と入社後の育成の改善施策
それに気づいてから、採用活動では「若いうちからグローバルに活躍できる」とは言わないようにしました。TOEICのスコアは必須要件ではなく歓迎要件とし、20代のうちから海外赴任できるわけではなく、グローバル拠点作りが仕事となるため、ビジネス経験が身についている人でないとできないという説明に変えたのです。また、将来のグローバル人材候補になるために必要なマインドや行動特性は、会社説明会や面接の中で繰り返し伝えるようにしました。
入社後の施策として、グローバル志向の強い若手社員の離職防止とキャリア支援、人材育成を目的として海外トレーニー制度も始めました(※2020年度からは新型コロナの影響で休止中)。
そうするうちに応募者のタイプに多様性が出てきて、最近ではグローバルに関する入社後ギャップを理由に退職する事例は減ってきたように思います。
入社前からありのままを伝えることで、早期離職のリスクを防げる
この一連の経験によって、「採用広報で事実を誇張してはいけない」ということを学びました。会社が目指している理想の姿と現実、入社後の育成やキャリアについて、背伸びせずありのままを説明することが重要だったのです。
会社としては、いわゆる“優秀層”の人材を採用したいと思うのは当然のこと。しかし、日本国内での育成期間を説明することなくグローバル志向の強い学生にターゲットを置き過ぎると、入社後に早期離職のリスクがあると身をもって知りました。
採用担当は、事業の方向性を理解し将来必要になる人材要件を考えることが求められます。一方で、就活生には「今すぐではなく、将来的であること」、そして「その将来とはどれくらい先のことか」をわかりやすく説明することが大事です。そのうえで、当社ならではの将来のグローバル人材候補を見極める必要があります。
そして、入社後、理想に向かっていくプロセスで、どんな育成・評価の仕組みがあるのかも併せて設計していくことも、応募者から見て説得力と真実味がある採用広報につながるのだと感じています。
■筆者プロフィール
メーカー人事部で2013年から5年間新卒採用を担当する傍ら、女性活躍推進にも従事。2度の産育休を取得し、現在はキャリア採用を担当。関心のある人事テーマは組織開発、従業員エンゲージメント、キャリアデザイン。担当外のテーマについてCANTERAで勉強中。国家資格キャリアコンサルタント。